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東京地方裁判所 昭和45年(ワ)3319号 判決

原告

F・R

外七名

右八名訴訟代理人

近藤勝

外五名

被告

右代表者法務大臣

稲葉修

右指定代理人

松崎康夫

外五名

主文

原告らの請求をいずれも棄却する。

訴訟費用は原告らの負担とする。

事実

第一  当事者双方の申立

(原告ら)

一、被告は、原告らに対し、各一一万円及びこれに対する昭和四五年五月二九日以降完済まで年五分の割合による金員を支払え。

二、訴訟費用は被告の負担とする。

との判決並びに仮執行の宣言。

(被告)

主文同旨の判決並びに仮執行免脱の宣言。

第二  当事者の主張

(原告らの請求原因)

一、原告F、同H、同K、同I、同Sは、昭和四四年一〇月二一日のいわゆる国際反戦デー闘争により公務執行妨害等の罪名で、原告Y、同N、同Mは同年一一月一六日のいわゆる佐藤訪米阻止闘争により公務執行妨害等の罪名で、それぞれ次表記載のとおり東京地方裁判所に起訴され、東京拘置所に勾留、収容された。〈表―略〉

二、原告らは、同拘置所において読売新聞を定期講読していたところ、同新聞の昭和四五年三月三一日付夕刊から同年四月二日付朝刊までの四紙につき、紙面の大部分を墨で真黒に塗りつぶした判読不可能なものを配付された。右の塗抹された部分にはいわゆる赤軍派学生による日航機乗つ取り事件の記事が掲載されていたのであるが、同事件に関しては、ラジオ、テレビの番組案内欄にいたるまでその一切の記事を抹消したものである(なお四月二日付夕刊以降は、同事件の行為学生の氏名のみが抹消されている。)

三、東京拘置所長が、原告らに対してなして右新聞記事抹消処分は以下の理由により違法無効である。

1 同所長が本件記事抹消処分をなすにあたり依拠した監獄法三一条、同法施行規則八六条並びに「収容者に閲読させる図書、新聞等取扱規程」、「同規程の運用について」等はいずれも違憲無効である。

すなわち、刑事被告人たる原告らが、拘置所に勾置されているのは逃亡と罪証隠滅のおそれがあるという理由によるものであるから制限されるのは原告らが身体の自由のみであつて、原告らの基本的人権たる知る権利まで奪いうるものでないのは当然である。知る自由及び知る権利等の精神的自由は、拘禁、勾留目的とは全く無関係であるから、完全に保障されなければならない。

しかるに、監獄法三一条二項、同法施行規則八六条一項は憲法が保障する知る自由、精神的自由を制限し、これを奪うものであるから憲法一九条(思想の自由)、二一条(表現の自由)に違反し、無効というべきである。

2 本件記事の内容は在監者を刺激し、喧騒、騒じよう等を誘発するおそれは全くない。

本件記事は、日航機乗つ取り事件に関する犯罪の手段方法を含め、事件の全貌を詳しく報道したものであるが、本来、新聞に掲載される犯罪記事で、その手段方法を明らかにしない報道は存在しない。しかし、如何に兇悪な犯罪事件の報道記事であつても、右事件を報道し、そしてこれを読む者の側が直ちにこれに同調するものとはいえない。却つて、本件読売新聞の乗つ取り事件を取扱う姿勢を見出記事でただすなら、同新聞は明らかに右事件に対し、批判的であり、糾弾的である。

従つて、在監者が本件記事を読んだからといつて、これによつて影響を受けて拘置所内の紀律を乱す行為に出るなどのおそれはないものである。まして、原告らは赤軍派でもなく、他の多数の在監者も赤軍派と無関係であるから、なおさらである。

また、テレビ番組(三月三一日夕刊一二面)や広告欄(四月二日朝刊七面)の「日航機乗つ取り事件」とあるだけの記事及び写真欄の説明記事まで抹消するに至つては適法性の根拠は何ら存しない。

3 本件記事の閲読を許しても、これによつて拘置所の紀律を害するようなおそれはなかつたものである。

本件記事抹消処分当時、東京拘置所の在監者は一、六〇〇余名、内女子在監者は約一〇〇名であつた。新聞購読者は全体で三〇〇余名、そのうち公安事件関係者は二三〇余名であつた。従つて、原告らの在監する女子舎房には全体の一六分の一が収容されているにすぎず、公安事件関係者はさらに少数ということになる。そして、女子舎房においては従来被告の主張するような新聞記事に刺激された騒じよう事件は生じたことがなかつた。

原告らは、本件のように真黒に塗りつぶされた新聞を配布されたことにつき看守らに対し質問、説明を求めたことはあるが、日航機乗つ取り事件を知つてからでも騒ぎをおこしたことはない。

また、特定の新聞記事を読んで読者がどのように感ずるかは、各人の内心の意思の問題であつて、外部から判断できることではない。まして、拘置所では、新聞の記付は購読者に一斎に配付されるものではなく、順次に配付されるものであるから、房舎全体が一斉に騒ぐということはありえないのである。

従つて、本件記事の内容及び当時の在監者の状況からしても本件記事は拘禁目的や拘置所の紀律を害するおそれは全くなかつたものである。

4 東京拘置所長は、従来在監者発信の手紙・はがきを部分的に抹消していながら、在監者に宛てられた右翼同志会と称する者のはがきは明らかに脅迫(殺人)を内容としたものであるにも拘らず抹消されずに配達されている。

このような取扱事例からみても東京拘置所長の本件記事抹消処分は明確な根拠も基準もなく恣意的になしたものであり、違法である。

5 原告らは、新聞を購読する際、閲読に支障がある部分は記事を抹消されてもかまわないとの趣旨の同意書を東京拘置所長に提出したことはある。しかし、右同意書はこれを拒否すれば新聞等は一切閲読できないという状況のもとに作成されたもので、事実上右同意を拒否することはできなかつたに等しいものであるから、右同意は在監者の表現の自由、知る権利を侵害するものであり、無効というべきである。

仮りに右同意が有効であるとしても、拘置所長が新聞記事を抹消しうるのは必要最少限に限られ、かつ合理的理由がある場合にのみ認められる趣旨であるところ、すでに述べたように、本件記事の抹消にはその必要も、合理的理由もなかつたのであるから同所長のなした本件記事抹消処分は違法である。

四、原告らは東京拘置所長の故意または重大な過失に基づく違法な本件記事抹消処分により、日航機乗つ取り事件について全く知ることができず、毎日全面を真黒に塗抹された新聞を渡されて、不安と焦燥のうちに時間を過ごさざるをえなかつた。しかも、原告らは在監者として社会から隔絶され、社会のできごとを知る唯一の手段としての新聞すら合理的理由もなしに記事を抹消されたのであつて、まさに原告らの憲法に保障された知る権利に対する重大なる侵害である。よつて、被告は原告らに対し慰藉料として各一〇万円を支払う義務がある。

また、原告らは本件訴訟を提起するにつき、原告代理人らとの間に弁護士費用としてそれぞれ一万円を支払う旨契約した。

五、よつて原告らは被告に対し各一一万円及びこれに対する本件不法行為の日以降の日である昭和四五年五月二九日から支払済まで民事法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める。

(被告の請求原因に対する認否及び反論)〈省略〉

理由

一原告らがその主張の日時及び罪名で東京地方裁判所に起訴され、東京拘置所に勾留、収容されたこと、並びに右拘置所長が請求原因第二項のとおり本件記事抹消処分をなしたことは当事者間に争いがない。

原告らは、東京拘置所長のなした本件記事抹消処分は違法な公権力の行使であると主張するので、右の違法性の有無について判断する。

二原告らは、まず、東京拘置所長が本件記事抹消の処分をなすにあたり依拠した監獄法三一条、同法施行規則八六条並びに右法令を具体化した法務大臣の訓令及び法務省矯正局長の通達等はいずれも憲法一九条、二一条に違反し無効であると主張する。

刑事被告人を拘置所に収容し、その自由を拘束するのは拘禁の目的たる逃亡及び罪証隠滅の防止にあることはいうまでもないが、右目的のために収容せられた多数の在監者を集団として規整管理するにあたつては、在監者の生命、身体の安全の確保、衛生及び健康管理等の観点からはもとより、施設内の平隠の確保の観点からも拘置所長が必要かつ合理的な限度において在監者の身体的自由以外の自由についても制限を加えることもやむをえないことといわなければならない。

従つて、未決拘禁者の新聞図書等の閲読についても絶対にこれを制限できないとする理由はないというべきである。もつとも、右の如き閲読の自由は、憲法一九条の保障する思想及び良心の自由並びに同法二一条の保障する表現の自由に属するものと解すべきところ、右の自由は民主主義社会の根幹をなす基本的原理の一つであることはいうまでもないのみならず、未決拘禁者にとつては一般社会に関する情報を得るための殆んど唯一の手段として格別の意味を有するものであり、しかも新聞図書等は兇器等のようにそのものの存在自体が拘置所内における紀律違反を惹起する直接手段となりうるものではなく、未決拘禁者がこれを閲読し、その影響如何によつてはあるいは紀律違反を惹起するかもしれない可能性を含むという間接的な性質を有するに過ぎないものであること等に思いをいたすならば、右の如き自由の制限は、できるかぎり、これを避けるべきであることは言を俟たないところであるから、右の制限が許されるためには、単に一般的、抽象的に拘置所内の紀律を害するおそれがあるというのでは足りず、当該未決拘禁者の行状、拘置所内外の情勢からする拘置所の保安状況、看守の人員配置等の状況、その他諸般の具体的状況下において当該内容の新聞図書等の閲読を許すことが監獄内の紀律を害する結果を生ずるといいうる程の相当の蓋然性が認められる場合において初めてその必要が認られるべきであり、しかもその目的を達するための合理的な範囲内においてのみ許されると解するのが相当である。

ところで、在監者の図書閲読につき、監獄法三一条一項は、「在監者文書、図書ノ閲読ヲ請フトキワ之ヲ許ス」とし、二項において「文書、図画ノ閲読ニ関スル制限ハ命令ヲ以テ之ヲ定ム」と規定し、これを受けて監獄法施行規則八六条一項は、「文書図書ノ閲読ハ拘禁ノ目的ニ反セズ且ツ監獄ノ紀律ニ害ナキモノニ限リ之ヲ許ス」と規定している。そして、成立につき争いのない乙第一号証によれば、昭和四一年一二月一三日法務大臣の訓令として取扱規程が定められ、同月二〇日法務省矯正局長が右取扱規程の運用について依命通達(右規程及び通達の内容はいずれも被告の主張五の2の(三)記載のとおり)を発したことが認められる。

しかして、これらの法令、訓令並びに通達は、いずれも前述したような監獄内における未決拘禁者の新聞図書等閲読の制限の実質的根拠及びその範囲等に関する基本的観点を前提として、その制限の範囲を順次具体的に定めたものと解せられるのであり、かつ右の基本的観点からこれらを解釈すべきであるから、そうとすれば右法令等は憲法一九条、二一条に違反するものではないことは前記説示に照らし明らかというべきである。

以上の理由により、右法令等の違憲をいう原告らの前記主張は理由がなく採用することができず、結局新聞閲読の制限は、右法令等に依拠し、前示基本的観点に従つてなすべき拘置所長の裁量行為に属するものといわなければならない。

三そこで進んで、東京拘置所長がなした本件記事抹消処分の適否につき右の観点から検討する。

1  〈証拠〉を総合すると、本件記事抹消処分当時の東京拘置所内における在監者、新聞購読者の人数、構成、拘置所の保安状況、管理体制等は次の如きものであつたと認められる。

(一)  東京拘置所には昭和四五年四月一日現在において合計一、六九五名が収容されており、そのうち、未決拘禁中の被告人が一、二七六名、懲役刑の執行を受けている者三七七名、禁錮刑の執行を受けている者一六名、労役場に留置されている者二二名、監置に処せられている者が四名おり、右未決拘禁中の被告人のうち、公安事件関係者(東大事件、一〇・二一反戦デー事件、首相訪米阻止闘争事件等で逮捕され、兇器準備集合、公務執行妨害、建築物侵入等の容疑で起訴された学生、労働者等の被告人を指す。)三一八名(うち、いわゆる赤軍派関係者は合計二一名)であつた。

(二)  東京拘置所において昭和四五年三月三一日から同年四月二日まで間新聞を購読していた在監者数は、同年三月三一日三〇四名(内公安事件関係者は二三五名)、四月一日三〇四名(内公安事件関係者は二三五名)、四月二日三〇一名(内公安事件関係者は二三二名)である。

(三)  東京拘置所長の本件措置当時、公安事件関係左監者のうちには、拘置所塀外のデモやマイクによる呼びかけに対して呼応したり、朝の点検の際大声で叫んだり、シユプレヒコール、拍手、足踏み、房扉、房壁の乱打、点検拒否などして看守の指示に従わない行為をする者、あるいはハンストをするなどの紀律違反行為をする者が多くみられ、これらの行為は右関係者の連帯感ないし同調性をもつて伝播し易い状況を呈していた(このような、右関係者の多くは、拘置所そのものを敵視し、中には、国家権力に対する獄中闘争と称して反則行為、看守に対する抗争を自らに課することを義務と考え、かつ、これによつて関係者の精神的昂揚をはからんとする者も少くなかつた)。

なお、昭和四四年四月から昭和四五年三月までの間、東京拘置所内において発生した主な騒じよう事例は別表のとおりである。

(四)  当時、拘置所外部から公安事件関係在監者に対する働きかけも活発に行なわれ、塀外で「拘置所解体、収容者奪還」等と叫び、拘置所内の騒乱を誘発し、獄中被告を実力で奪還すべきことをうたつたパンフレツトを差入れる者もあり、横浜刑務所では点検のとき看守が在監者により監禁された事件、東京拘置所では所外の数名の者が棒、火炎ビン等をもつて所内に乱入した事件(昭和四四年一〇月一八日)がそれぞれ発生していた。

(五)  東京拘置所の在監者は九棟(内男子棟七舎、女子棟二舎)の舎房に収容され、各舎房は二階建の一舎を除きすべて三階建であり、各舎一階毎に、一人(独居房)ないし二人(雑居房)の看守が常時、交替制で警備及びその他の事務に従事していた。

2  本件抹消にかかるものと同じ読売新聞であることにつき〈証拠〉によると、東京拘置所長がなした本件抹消にかかる記事というのは、その内容が、次のとおりのものであつたことが認められる。すなわち、昭和四五年三月三一日午前七時四〇分ごろ、東京羽田発福岡行き日本航空三五一便ボーイング七二七型機「よど号」(乗務員七人乗客一三〇人が同乗)が静岡県富士山頂付近を飛行中、赤軍派と称する学生一五人が「航路を変更して北朝鮮の富寧に行け。いうことをきかないと持つている爆薬を爆破させる。」ピストルや日本刀などでおどし、乗客の両手をしばつて監禁して同機を乗つ取つた事件について、その犯行の手口、犯行の成行き、監禁されている乗客の健康状態、犯人らに対する説得工作の難航等の模様を詳細に報道したものである。

3  ところで、右認定の記事内容からすると、右事件はわが国では前代未聞の兇悪な航空機乗つ取り事件であつて極めて衝撃的ともいうべきニユースであるうえ、右事件は、犯行の動機は不明とはいうものの、赤軍派と称する学生らによつて惹起されたというものであるから、右事件の記事の閲読が許された場合には、これにより同派在監者のみならず公安事件関係在監者一般に対し影響を与え、そのため拘置所内の秩序維持に困難を来たす蓋然性が相当程度存していたことは、前記認定の如き当時における東京拘置所における在監者、新聞購読者の人数、構成、拘置所内外の情勢かからする拘置所の保安状況、拘置所の管理体制からすれば容易に首肯しうるところというべきである。

すなわち、とくに前示認定のとおり赤軍派の未決拘禁者を含め公安事件関係者は一般に拘置所及び同所の職員を敵視し、連帯感ないし同調性をもつて紀律違反行為を繰り返し、拘置所内外の情勢に応じて事を構えては看守と抗争し、監獄内における特異な生活環境において互いに刺激し、激励鼓舞し合い、これを国家権力に対する獄中闘争と称してそこに精神的昂揚をはからんとする者が少くなかつたのであるから、かかる状況下においては、これらの者が、本件新聞記事を読んで、前記のような航空機乗つ取り事件が赤軍派学生により敢行され、成功したとの事件を知れば、快哉を叫び、これに呼応して公安事件関係在監者が何らかの意思表示をするであろうこと及びそのようなデモンストレーシヨンがなされれば、それによつて他の一般在監者に対しても心理的動揺を与え、かくては拘置所内の静ひつが攪乱され、秩序維持が著しく困難となる事態の生ずることは避けられないとみるべき相当の蓋然性があつたものというべきである。

しかして、右の如き蓋然性が当時客観的に存したことが認められる以上、東京拘置所長が本件新聞記事は前記矯正局長通達にいわゆる「犯罪の手段、方法を詳細に伝えたもの」に該るとして、原告らを含め、本件新聞購読者である在監者の新聞を閲読する権利を前示争のない方法によつて一時制限することは、前記二で示した基本的観点に照応し、必要かつ合理的な範囲に属するものと解するのが相当というべきである。

そうとすれば、本件記事抹消処分は、たとえ、被告の主張する抹消についてのその他の理由が認められず、あるいは事後的判断をもつてすればいささか過剰措置の嫌いがあつたと評される面があるにせよ、当時の措置としては拘置所長に与えられた前示裁量権の範囲を逸脱したとか、又はこれを濫用したとかの違法のかどは存しないものといわなければならない。

四以上の次第で、東京拘置所長のなした本件記事抹消処分は適法であるから、これが違法であることを前提とする原告らの本訴請求はいずれも理由がなく、これを棄却すべきものである。

よつて、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条、九三条を適用して主文のとおり判決する。

(内藤正久 山下薫 飯村敏明)

別表 〈省略〉

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